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総統府ー台湾の歴史ー

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台湾の総統府は台北駅のすぐ南側にあり、約100年の歴史を持つ建物です。

台湾の元首である総統が執務を行う所で、日本の「首相官邸」にあたります。赤いレンガ造りの壮大な建物で観光スポットとしても見逃せません。

台湾総統府観光の見所やポイント

台湾の総統府は日本の「首相官邸」

台湾総統府

台北にある「総統府」は日本で言えば「首相官邸」に当たる建物です。

ここでは、台湾の国家元首である総統と副首相にあたる行政院副院長、そして関係の職員が執務を行う場所です。

台湾の初代総統は蒋介石で、2018年現在の民主進歩党の蔡 英文総統は14代目。台湾で初めての女性の総統です。

台湾総統府の建物は文化財

台湾総統府

「台湾の首相官邸」と呼ばれる総統府周辺に行くと赤いレンガに白の威風堂々とした建物が目に入ってきます。これが台湾総統府です。

設計を手掛けたのは、長野宇平治ですが、その後、森山松之助により何カ所か変更されました。台湾総統府の建物は上から見ると日本の「日」の文字を形どった設計になっています。

その設計の素晴らしさと美しさのため、今では台湾の文化資産保存法に基づいて「国定古蹟」に指定されています。

台湾総統府の中は展示室

台湾総統府

台湾総統府の中は、例えば廟ににられるようなきらびやかさはありませんが、落ち着いてバランスの取れたデザインになっています。

内部に使われている木材はすべて台湾産のヒノキ。「南苑」と「北苑」という中庭がある1階の回廊には歴史的なものや芸術作品などさまざまな展示物が展示されています。

この展示物は何ヶ月かに1回の頻度で変わります。

台湾総統府を見学するには

台湾総統府の見学には、一般的な観光スポットと比べると少し制約があります。

ゆっくり時間を取って見学したい場合は、月に一度フルで一般に公開される日(通常土曜日)を選んでいくのがよいでしょう。

この時には、IDの提示とセキュリティーチェックが行われます。また、それ以外の週末は一部のみ公開されます。また、週日には午前中に限りガイド付きのツアーがあります。

15人以上の団体の場合は予約が必要ですが、それ以下の人数の場合は台湾総統府の受付で順番を待てばツアーに参加できます。

詳しい内容は下記の公式サイトをご覧ください。

中華民国総統府Visitor information(中国語と英語のみ)。

台湾総統府の歴史や背景

台湾総統府建設の背景

台湾総統府は、1895年-1945まで台湾を統治していた日本政府が建設に着手し1919年に完成した庁舎です。

この建物が1919年に完成するまでは、清国が建てた行政庁舎を使っていましたが、統治が進むにつれさらに広い庁舎が必要になったため、正式な建設を考案したと言うわけです。

総統府は当時「総督府」と呼ばれ、台湾統治の50年間に19代の総督が任務を遂行しました。

現在の総統府の官庁は、第二次世界大戦の際に空爆を受け、多くの被害を受けましたが、1948年に修復され今日に至っています。

最初の7人の日本人総督は軍人だった

台湾総統府の前身である総督府は、富国強兵政策の下、アジア地域で軍事力を拡張していた日本政府が、日清戦争に勝ち中国から譲り受けた台湾を統治するために建てたものですが、そのため、初代から7代までの総督は全員が軍人でした。

最初は台湾人への引き締めが厳しかったのですが、やがて4代目の児玉総督からは厳しいながらも柔軟な政策を敷き、6代目の安東総督の頃からは、台湾人の権利や利益を守る政策を展開していきました。

再び軍人総督の支配へ

8代目から16代目までは9人の文官が総督に就任しています。そして政策も軍事的な鎮圧からより開放的な政策へと変化し、特に経済の発展に力がそそがれました。

ところが1936年に日本で二・二六事件が発生すると、日本政府は再び軍国化していき、その影響で台湾の統治も軍部による引き締めが厳しくなってしまいました。結果として、台湾では再び、軍人総督による統治が始まったのです。

日本統治時代から中華国民党支配の時代へ

その後世界中でファシズムが横行し、第2次世界大戦が勃発しましたが、1945年に日本がこの戦争に負けると、台湾は中国に返還されることになり、日本は50年に及ぶ台湾の統治に終止符を打ったのです。

そのため総督府は総統府と名が改められ、初代の台湾総統には蒋介石が就任しました。

台湾総統府(旧名:台湾総督府)のアクセス情報

住所台北市中正區重慶南路一段122號
交通MRT台大医院駅から徒歩約10分

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